杉並区 歯医者を徹底解剖&解説
いまから七年前、わが国の金融・資本市場のあり方を抜本的に改革しようとする野心的な試みが始まった。
一九九六年一一月三日、当時の橋本龍太郎首相が、「フリー、フェア、グローバル」を旗印とし、「二一世紀を迎える五年後の二○○一年までに、不良債権処理を進めるとともに、我が国の金融市場がニューヨーク、ロンドン並みの国際金融市場となって再生することを目指す」という目標を掲げた「日本版ビッグバン構想」を打ち出したのである。
「日本版」ビッグバンという名称からも明らかなように、この構想には外国のお手本があった。
それは、「日本版」発表の一○年前に実施された、英国における証券市場改革「ビッグバン」である。
一九八六年一○月二七日を期して、ロンドン証券取引所では、株式売買委託手数料の自由化、取引所会員権の外国業者や銀行系証券会社への全面的な開放、伝統的な「ジョバー」(自己勘定で取引する取引所内専門の証券業者)と「ブローカー」(顧客の注文をジョバーヘ取り次ぐ業者)の区別の廃止、立会場の廃止など、一連の制度改革が実施された。
これらが天地をひっくり返すような出来事だということで、宇宙創成時の大爆発になぞらえてビッグバンと呼ばれたのである。
確かに、それまで毎日のように多くの人々が集まり、喧喋の中で株式を売買していた立会場が廃止され、ほとんど無人のコンピュータ・ルームによって置き換えられてしまったのだから、当時の関係者にとって、正にビッグバンと呼ぶにふさわしい衝撃的事件であったことは理解できる。
しかし、英国のビッグバンは、決して一般の人々が広く注目する大事件ではなかった。
これに対して、わが国のビッグバンは、最初から、時の首相が関係閣僚に直接指示するという形をとり、社会的にも大きな注目を集めるプロジェクトとしてスタートした。
実際、わが国では、「日本版ビッグバン構想」がきっかけとなって、「ビッグバン」があたかも「大きな改革」を意味する普通名詞であるかのように広く浸透した。
金融制度改革というもともとの意味づけをはみ出して「通信ビッグバン」、「教育ビッグバン」といった言葉が幅を利かせるようになり、ついには本家本元の金融制度改革が「金融ビッグバン」と呼ばれるようになってしまったほどである。
このような違いが生じたのは、単に日本人が新しもの好きで、ビッグバンというカタカナ語をもてはやしたという事情だけからではない。
そもそも、同じ金融ビッグバンでも、日本版とオリジナルな名称とは裏腹に、一国の経済に大きな影響を及ぼすようなものとは受け止められず、証券市場、とりわけ株式市場の関係者や一部の専門家だけを巻き込む出来事にすぎなかったのである。
当時のサッチャー首相は、首相退任後に著した回顧録の中で、ビッグバンは、ロンドンの金融地区であるシティが国際的な競争力を維持する上で重要な役割を果たした、と評価しているが、その記述はほんの数行の簡単なものである。
しかも、独立の話題として取り上げているわけではなく、セシル・パーキンソン貿易産業大臣がスキャンダルで辞任に追い込まれたという事件に関する記述の中で、彼の在任中の業績として、ビッグバンに至る直接のきっかけとなった証券取引所と政府との和解に触れているだけである。
わが国では、時おり、「英国ではサッチャー首相がビッグバンを断行し」といった記述を見かける。
英国とでは、改革の背景となった問題意識の奥行きの深さという点で、大きな違いがあったのである。
もともと、英国のビッグバンは、一九七九年二月、競争制限的取引慣行法(わが国の独占禁止法に相当する)を所管する公正取引庁(OFT)が、証券取引所における固定手数料制度などの取引慣行が違法であるとして、競争制限的慣行審判所における訴訟を提起すると表明したことに端を発する。
そこで、証券行政を所管する貿易産業省が仲介に乗り出し、証券取引所の規則を競争制限的取引慣行法の適用除外とし、公正取引庁が訴訟を取り下げるのと引き換えに、取引所に対して、大幅な制度改革の実施を約束させたのである。
サッチャー元首相は、この交渉をパーキンソン元貿易産業相の功績として賞賛しているわけである。
この経緯には、証券取引所という機構が、取引参加者に一定のルールを守らせることを競争政策の観点からどう評価すべきかという興味深い論点が含まれる。
米国の証券取引委員会(SEC)が、取引所の固定手数料制度が競争制限的だとして批判し、一九七五年五月一日の手数料完全自由化止法の適用除外とされてきたこと、と考え合わせると、なおさら面白い。
それはさておくとして、以上の改革に至る経緯から明らかなように、英国のビッグバンは、しょせん、証券取引所という市場の一つの機構のあり方を改めるだけに過ぎなかったのである。
わが国の金融ビッグバンにも、固定手数料制度の廃止など証券取引所の改革が含まれていたが、その全体構想は、もっと大がかりな金融構造の変革をめざすものであった。
ビッグバン構想を示した首相の指示でも、高齢化社会へ向けて国民の金融資産をより効率的に運用する、次代を担う成長産業へ資金を供給する、世界に貢献するために海外に資金を円滑に供給する、といった高迩な目的が語られている。
そのために、銀行が預金者から集めた資金を貸し付けるという伝統的な「間接金融」に大きく依存する金融構造から脱却し、株式や債券など資本市場で取引される金融手段を広く活用する「直接金融」型の金融構造へと転換させることが、企図されたのである。
わが国では、戦後一貫して、いや更に遡れば明治以来、銀行中心の「間接金融」主体の金融構造が維持されてきた。
もちろん、わが国にも、株式市場や債券市場は早くから存在した。
しかし、それらは「補完的」あるいは「限界的」な金融の場にすぎないと認識されてきた。
とりわけ株式市場は、しばしば道徳的に好ましからざる投機家が集う場所とされ、警戒されたり蔑視されたりした。
例外的に高度な発達を遂げた資本市場は、財政赤字ファイナンスの場として、国策的に整備・育成された国債市場くらいだろう。
それ以外は、社債や短期のコマーシャル・ペーパー(CP)の市場にしても、一部の大企業しか利用しない限定的な金融手段と位置づけられ、社会的な認知度も高いとは言えない。
ところが、バブル経済崩壊後、伝統的な金融構造を支えてきた銀行が深刻な不良債権問題に直面し、不況の長期化を招いているとの見方が強まった。
必ずしも非常に優れているとは言えない銀行の審査能力と地価下落に脅かされる不動産の担保価値だけに依存していたのでは、効率的な資金配分はおぼつかない。
このままでは、新たな経済成長へとつながる産業構造の転換は到底実現できないという危機感が高まったのである。
その帰結が、「日本版ビッグバン構想」であった。
その詳細は、次節でみるように、技術的ともみえる部分も多いが、狙いとしたのは、あくまで金融構造の抜本的な転換だったのである。
それでは、わが国のビッグバンが狙いとした金融構造の転換は、果たして実現したのであろうか。
目標達成に必要な期間を五年程度と踏んでおり、二○○一年三月末までに、わが国の金融市場を三大国際金融センターの一つとして再生させるとしていた。
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